毎年最後の本テーマ(【~コワイ商標の話】)については、その年を振り返りつつ、商標登録のそもそもの意味・意義を考えるような記事を投稿している気がするので、今年もそんな感じで行ってみます。

商標関連で今年起きた出来事の中で、エンタメ業界に多くのお客様を抱える弊所弁理士にとって最も印象深かったものといえば、やはりこちらになるかと思います。

◎「ゆっくり茶番劇」商標登録の柚葉氏、抹消申請を報告「本来の目的を全うすることが困難となった為」(ORICON)

https://www.oricon.co.jp/news/2235995/

この件については一応の解決を見ていますし、既にWikipediaのページもできているほどなので、経緯や詳細を説明する気はありません。ただ、商標制度の本質についてすごく示唆的な点を含んでいたなぁ、と思ったわけです。ざくっとポイントを立てると、

*「商標権」は手続きをしないと発生しない
*商標を創作した人が、商標権を得られるとは限らない
*商標を先に使ってるからって、商標権を得られるとは限らない
*他人の登録商標を書いたからって、商標権侵害になるとは限らない

といったところでしょうか。うまくまとまるかどうかわかりませんが、書き始めてみますね。

(1)「商標権」は手続きをしないと発生しない(著作権との違い)

一部のネット界隈では、著作者が、自分の創作した著作物を他者が利用することについて、とやかく言わない(つまり、権利行使をしない)という慣習の上に成り立っている面があります。その著作物をベースに二次創作、三次創作…つまり、その他の投稿者により「n次創作」が生み出され、それをまたみんなで楽しんで利用していく、という暗黙の了解ですよね。

ただ、これが成り立つのは、著作者が、著作権をしっかり取得した上で「とやかく言わない」、という立場になれるから、平和が生み出されるんですよね。著作権って、著作者がなんら手続きをせずに、著作物を表現して世に送り出した瞬間に、著作者のカラダの中に発生しますから(無方式主義)。つまり、著作権を持っている人がとやかく言わないというのは、無条件で著作権の利用許諾をしているようなもんです(著作権は、概ね、親告罪=訴えない限り罪にならない、ですし)。

一方で、商標権の場合は、その商標を思いついて、使用し始めた人に、自然に発生するというようなことはありません。特許庁に対し、「この商標について独占的に使用したいんです」という手続き(出願)をし、審査を経た上で、「あなたの出願した商標の登録を認めますよ」という連絡(登録査定)をもらったら、所定の登録料を納付して始めて、登録=商標権が発生します。この著作権との大きな違いを、押さえていない人が多いんだな、ということをあらためて今回の事件で感じました。

こういう「(特許庁に)手続きをしないと発生しない」権利制度のことを方式主義といいますが、特許権や意匠権も同様ですね。しかし、商標権は、そんな特許権たちともちょっと違う性格があります。

(2)商標を創作した人が、商標登録できるとは限らない(特許権等との違い)

特許権は、新しくて独創的な発明を保護するものですし、意匠権は、新しくて創作が容易ではないデザインを保護する権利です(←非常にざっくりな説明)。そんな素敵な発明等が世の中に発表されたら、さらに新しい発明がなされるでしょうし、市場も活性化して、産業が発達すると思いませんか。だから、そんな発明等をし、世に送り出してくれた人には、一定期間の独占的な権利を付与しよう、というのが特許権や意匠権の考え方です。

確かに、これらは特許庁に出願から始まる一定の手続きをしてくれないと、与えられない権利なのですが、発明者には「特許を受ける権利」、デザイン創作者には「意匠登録を受ける権利」という、そもそも権利を受ける資格のようなものは、発明・創作した瞬間にカラダの中に得ています。もし、この「◯◯を受ける権利」を持っていない第三者が出願したら、拒絶になりますし、その事実を知らずに特許庁が特許権等を付与してしまっても、あとで無効にできる制度があります。やっぱり、素敵な発明等をしてくれた人達への、「対価」のような側面がある権利なんですよね。

それらに対して、商標権は全く別のスタンスをとります。商標って、文字商標もあれば、ロゴマークのような図形商標もありますが、”素敵なネーミング”や、”素敵なロゴデザイン”を創作した人に、「商標登録を受ける権利」が与えられる…というような考え方はありません。なぜかといえば、商標権は、あくまで(登録する)商標に積み重なるブランド力を保護するものだからです。

どういうことかというと、ある商品やサービスに、ロゴマークなど”目印”を付した上で販売等をしていて、その商品等が人気が出てくると、みなその”目印”を目指して商品等を仕入れたり購入したりするようになりますよね。さらに人気が高まれば、みんなその”目印”がついているだけでカッコいい、”目印”がついてるなら(原価より遥かに)高くても買いたい、という人が増えていきます。それこそが「ブランド力」だし、その力は”目印”、つまり商標に積み重なっていますよね。だから、その商標を、登録した人だけが独占的に使用できるようにすることで、商標に積み重なったブランド力を保護してあげよう、というのが商標権・商標法の意図するところなのです。

つまり、法的には、「商標なんていろいろ選択できるでしょ。それより、何でもいいから1つ決めて、しっかりそれを使用して、ブランド力を獲得してよ。そうしたらそれを保護してあげるから」という感じです。実際は、商品が人気を博していくためには、いいネーミングやロゴデザインは重要だと思いますが、それらを思いついた人への対価、という側面はなく、使用してナンボ、ということですね。

だから、よほど剽窃的な出願(※実際に使用されている、手の込んだロゴマークと全く同じで、たまたま似てしまったとは考えられないようなが、第三者によって商標出願された、等のケース)ではない限り、その商標の創作者でなくても、最も早く特許庁に出願した者に権利付与されてしまうことがあるわけです。

(3)商標を先に使ってるからって、商標権を得られるとは限らない(先願主義)

「商標登録は早い者勝ち」、というのは多くの方がご存じかと思います。つまり、ある商品やサービス(と類似する範囲)について、同一又は似ている商標は、一番最初に出願した人に与えられる、という考え方です。

ここで、「『商標は使って、そこにブランド力が積み重なってナンボ』なんでしょ。だったら、使ってもいないやつが、いくら最初に出願したからといって、商標権を与えてしまうなんておかしいじゃないか」と思った人がいらっしゃるかもしれません。実際、その通り、「先に出願した人よりも、先にその商標を使用し始めて、ブランド力を獲得したほうに権利を認める」(先使用主義)を取る国もあります。それは、世界最大の市場ともいえる、アメリカ合衆国です(だから同国では、” TM “、つまりTrademark=商標を意味するマークをつけながら、どんどん使用していくわけです)。

でも、ONION商標の弁理士は、「やっぱり日本は、先願主義でよかったな」と思ってしまいます。なぜなら、合衆国で、同じような商標を二社が使用していて争いになったら「どっちが先に/より強いブランド力を獲得していたか」という決着は、結局、裁判でつけることになります。そうなると、結局、財力のある方(実績がある、高い弁理士に依頼できる方)が有利ということにならないでしょうか。
たとえば、こんなニュースもありました。

◎「アイフォーン」名使用の対価は年1・5億円、アップルが日本企業へ支払い…商標権の威力 :(読売新聞オンライン)

https://www.yomiuri.co.jp/economy/20221112-OYT1T50174/

いくら世界的な企業が、お金を積んで「商標権を譲ってください」と言われても、先に商標権を取得し正しく使用していれば、その交渉を飲む必要もないですし、ましてや権利を無効にされるような心配もありません。上記記事のアイホン社は決して小さい会社ではありませんが、仮にこれが中小企業、いや個人の商標権だとしても、先に登録しているものの権利は守られるのです。(※なお、合衆国を除く世界各国のほとんどが、先願主義をとっています)。

(4)他人の登録商標を書いたからって、商標権侵害になるとは限らない(商標権の範囲・商標的使用など)

一旦「ゆっくり茶番劇」が商標登録されてしまった際、SNS上などでは動揺が走りましたが、そこでは、商標権についての誤解からくる、誤った投稿もあったように思います。誤解しやすい点といえば、

*「ゆっくり茶番劇」と、その他の「ゆっくり◯◯」が、すべて商標類似とは限らないので、全ての「ゆっくり◯◯」が使用できないわけではない
(←商標の類否の問題)

*「ゆっくり茶番劇」が指定した役務(サービス)の範囲と類似しない商品や役務に使用しても、商標権侵害とはならない
(←商標権の範囲の問題)

*「ゆっくり茶番劇」という文字を記載しただけで、商標権侵害になるわけではない
←「商標的使用」の問題。

指定されたサービスの”目印”としての使用、つまり「商標的使用」でない限り、商標権侵害とはならない。当該権利が放棄される前に、ドワンゴ社が「こういう使用はセーフ」と細かく説明していたのは、商標的使用にあたらないと考えられる使用方法のことでした)。

*「ゆっくり茶番劇」が商標登録されたからって、ゆっくり解説するとか、棒読みで解説するといったアイデアは、誰かに独占されるわけではない
(←商標権、知的財産権への誤解)

それぞれ細かく説明していけば、それだけで一つの記事になってしまうような内容ですので今回は控えますが、これらの「誤解しやすい・理解の難しい」商標のポイントについては、よりわかりやす説明を、お客様にしていけるよう、研鑽を積まなければ、とあらためて肝に命じた次第です。

(5)まとめ:やはり、取るべき人に商標権は取ってもらいたい

この騒動については、最終的に、「商標権の放棄→抹消」ということで平和が戻ったわけですが、それでは本質的な解決、つまり「未来への対策」ということにはならないと思うんですね。やはり、ある程度「公用」されるような商標だとしても、最初に作った人・使い始めた人、あるいはそれが使われるフィールドを管理する人など、「一般的に考えて、商標権を持っているべき人」が、最も先に出願手続きをし、商標登録=商標権を取得した上で、その使用についてのルール作りをしていくことが、そのフィールドで過ごす人等にとっても幸せなことだと思うんですね。

今回のケースでいえば、その「とるべき人」は、ニコニコ動画を運営するドワンゴ社であったと思いますが、これを機に下記の3件の商標を出願されています。

商願2022-058346「ゆっくり実況」(第41類他)
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/TR/JP-2022-058346/38E6D4A68F27611D86880A08477008DDFC6B9BB1DA33F29228F5C16D035F15E2/40/ja

商願2022-058347「ゆっくり解説」(第41類他)
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/TR/JP-2022-058347/B9901C915DBD000DB779D22828AC2A7DF3B64F5015957F2FC108E232D0548A7B/40/ja

商願2022-058348「ゆっくり劇場」(第41類他)
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/TR/JP-2022-058348/483F154290663E52338C72DDF116AAC584946DAE559B709E8E363FFE635B7016/40/ja

(※この原稿を執筆している、2022年12月20日の時点では、いずれも「審査着手前」となっており、商標権は発生していません)

今回の事件を、第三者のことだとは思わず、ぜひご自身のこととして捉えていただければと思わずにいられません。事業者様であれば、商標登録未経験者でも、商品やサービスの”目印”=つまり商標を、何かしら使用されていらっしゃると思いますよ。2023年は、ぜひ商標登録を!

(※2023年8月追記)本稿の続報については、下記の記事をご覧ください。
【ONION商標・弁理士の眼】「ゆっくり茶番劇」続報〜放棄された登録商標に対する「無効審判」の意義とは?
http://onion-tmip.net/update/?p=1362

 

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