弁理士の山中です。ちょっと前ですが、こんなニュースがありました。イギリスの老舗音楽小売チェーン「HMV」が2度目の破産、新しい買い手は見つかったものの、ロンドンの旗艦店を含む多くの店舗のクローズを伴うことになると。

https://www.officialcharts.com/chart-news/hmv-rescued-from-administration-by-canadian-firm-sunrise-records-and-entrepreneur-doug-putman__25485/

音楽ファンであり、また音楽業界にも長く身を置いていた私としては、92年に初めてロンドンを訪れて以来、何度も訪れたチェーンの縮小は悲しい限りですが、既にCDをほとんど買わなくなった自分に悲しむ権利があるのか、という自問が常につきまといます。音楽を聞かなくなったわけじゃないですよ。「CDを購入して聴く」というスタイルから、「音楽ストリーミングを通して聴く」というスタイルにほぼ変化してしまったため、CDを購入する必要がほぼなくなってしまったのです。実際、最後に同店を訪れた数年前、既に店舗の大部分が人気復活中のレコード(Vinyl)と、マーチャンダイジング(アーティストグッズ)の販売スペースに割かれていました。
しかし、そもそも同店舗の主力商品はとっくに、映画DVDやゲームにシフトしていたはずです。今回の破産は、(既に落ち込んでいる音楽ソフト減よりも)Netflixのような映像ストリーミング・プラットフォームの伸長で、DVDが年末商戦でも期待を大きく下回ったというニュースも見ました。ソフト小売自体が大きな曲がり角に直面しているのでしょう。

さて、自分に「悲しむ権利」があろうがなかろうが、多分なかったとしても、悲しいものは悲しい。寂しいものは寂しい。じゃあ何が悲しくて寂しいんだろうと、思い出を振り返ってみると、必ずしもそこでの幸せな記憶は、CDを購入したことだけではなかったことに気づきました。

ロンドンのトッテナム・コートロードにあったVirgin Megastore(…このチェーンも英国ではもう消滅しています…)内の小さなカフェで、音楽好きな友達と待ち合わせしたときのドキドキは、決してコーヒーが美味しいからではなかったし、ロンドンの目抜き通り・オックスフォードストリートのHMVにいたとき、店内ラジオのDJがかけて初めて聴いたBlurの”Boys & Girls”は、ただメディアを通して聴くのとは異なる興奮がありました。結局、「音楽との出逢い」、「音楽が好きな人々との出逢い」、それをもたらしてくれる場所として、自分はこれらの店を愛していたのだなと。そういう場が失われることが、悲しく、寂しいのだなと。

イギリスのHMVの新しいオーナーは、カナダの小売業者のようですが、もういっそ音楽ソフトの小売ではなくて、「HMV」というブランドの下で運営される、「カフェ/ダイナーのチェーン」にでもしたらいいのに、と思ってしまいます。お客様個々人がストリーミング・サービスが楽しめる環境や、DJブース、ときにはインストアイベントも開けるような設備が整っていて…そこにいる店員さんも、お客様も、音楽が好きな人しかいない場所なんだ、という安心感があれば、ぼくは必ずそこでお茶しますね(あ、もちろんコーヒーや食事も美味しくないとダメだと思いますが)。小売としてまだまだ頑張っている日本ですら、例えば渋谷のタワーレコードにあるタワーカフェや、HMVの新業態(HMV&BOOKS)、蔦屋書店などの好例があるくらいなんですから。

最後に、無理やり知財/弁理士業に話をつなげると、このような場合も、店名は商標登録がなされ、商標権が存在しています。そしてそこには、長年の事業により積み重なった「ブランド力」があります。だからこそ、事業譲渡の際、高い価格で商標権が売買されたり、安心してライセンス(使用許諾)をしたり、受けたりすることができるのは、言うまでもありません。

 

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