「氏名も商標になりますか?」と問われれば、「なります」という答えになります。商標とは、ざっくりいえば「商品やサービスの”目印”として使用できる」ものです。目印として、他の商品等と区別ができる力(”識別力”)があればいいのです。実際、世の中に、人の名前が冠された商品は、結構多くありますね。ファッション・ブランドなどは、ブランド名として認知が進んでいるために普段意識していなくても、「あ、そういえば、人の名前だね」というもの(※デザイナーの氏名がそのままブランド名になったもの)が特に多いですよね。
しかし、「氏名も商標『登録できますか』?」という問いに対しては、ちょっと答えが変わってきます。もちろん、商標は先願主義ですから、「同一又は類似する氏名(の商標)が、重複する範囲で、他の人に出願されていないこと」という要件はありますが、加えて、氏名の登録には、こんな要件も加わります:
商標法第四条 次に掲げる商標については、前条の規定にかかわらず、商標登録を受けることができない。
(中略)
八 他人の肖像又は他人の氏名若しくは名称若しくは著名な雅号、芸名若しくは筆名若しくはこれらの著名な略称を含む商標(その他人の承諾を得ているものを除く。)
この要件をかみ砕くと、「『他人の氏名』等を含む商標については、本人の承諾を得た場合を除いて、商標登録できない」というものです。なぜ、このような要件があるのかというと、「人格権/人格的利益の保護」の観点からです。特定の個人が、特定の氏名を商標登録し、その権利を独占してしまうと、同姓同名の他人の権利を侵害してしまうことにもなりかねませんからね。
そして、この「本人の承諾」ですが、よくあるケースとしては、音楽アーティストやタレントが、自身の氏名を商標登録するとき、自身にかわって所属する事務所(マネージメント/プロダクション)に出願してもらうような場合です。所属事務所は、その商標=氏名の本人ではありませんから、そのままだと上述の商標法4条1項8号該当として拒絶になってしまいます。しかし、出願人である事務所が、本人(アーティスト)から、事務所が商標登録することの「承諾書」を得ていれば、それを特許庁に提出することで、拒絶理由は解消されます。
しかし、その氏名が、世の中に大勢存在する場合はどうでしょう? その大勢「全員」から承諾を得ないかぎり、同法の要件はクリアーできないのです。したがって、よくある氏名の場合は、事実上、商標登録は不可能といえます。
一方、よくある氏名でも、そのうちの誰かひとりが、社会的な活躍により「著名」になることがあります。冒頭で述べたとおり、ファッション・デザイナーの氏名などは、それがファッション・ブランドとして人気が出て著名となれば、(少なくとも、その商標=氏名を使用する商品・サービスの範囲では)、その同姓同名の他人が存在したとしても、その著名性を考慮して、登録を認められるケースも少なくありませんでした。
実際、誰かが自分の氏名を商標登録してしまっても、自身の氏名である限り「商標として使うな」といわれないよう、別の条文で保護されますしね(同法26条1項1号)。
しかし、そんな審査の「運用」が近年かわり、非常に厳格に審査される(すなわち、拒絶される)ようになってきているのです…
※2024年4月1日より、法改正施行により、「氏名の登録商標」の登録要件が緩和されます。
詳しくは、こちらの記事をご覧ください。
http://onion-tmip.net/update/?p=1860
しかし、令和になって、この「氏名の商標」への特許庁の審査運用は、さらに厳しくなっている印象です。いわゆる有名人が、自身の氏名を商標登録出願したとして、地方に同一同名の人がひとりでも発見されれば、同法4条1項8号該当で拒絶、という流れです。
この「氏名の商標」への同法4条1項8号の適用については、近年の特許庁の審査や審判、知財高裁での訴訟(※特許庁の審決の取消を求める訴訟)では、
*「ローマ字で(名前 姓)の順で表記した」商標や、
*「姓と名前の間にスペースを空けず、ワンワードで表記した」商標、
にも適用され、さらには
*「図形が氏名を含む(さらに、氏名の間にスペースによる空白もない)」商標
にまで、適用され、拒絶となっています。
さらには、かつては登録が認められた氏名の商標について、新たに出願をすると、拒絶となるケースも出ています。有名なところとしては、
登録4330343「マツモト キヨシ」(※ロゴマーク)
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/TR/JP-1998-016853/809D40F6FC2772D960758398E26318CF2A76FD1D06284CCD161280368B1B24DD/40/ja
が認められているにもかかわらず、その氏名(商標)が歌詞にある、有名なCMのサウンドロゴについての、「音商標」の出願については、同法4条1項8号該当として、拒絶査定となっています(※現在、拒絶査定不服審判に係属中)。
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/TR/JP-2017-007811/1810A0FBA7535E7CF4D5009F971CC5E5D2C3B6684B1A6B40A98A89734B40DDCD/40/ja
現代は、審査でもインターネットが活用できるようになり、出願された氏名と「同姓同名の他人」を発見しやすくなったこともあるかもしれませんが、この審査の厳しさは、氏名を商標として使用することの多いファッション業界などでは、反論が多いのですが、特許庁の運用が緩和される気配はありません。
自身の氏名は簡単には変えようがありませんが、もしビジネスネームを考えて、自身の商品等の商標としても使用することを考えている場合は、同法4条1項8号に該当しないように、あまり世の中に存在しないようなビジネスネームにするほうが賢明かもしれません(※芸名やビジネスネームの商標出願であれば、審査では著名性も考慮されます)。
ちなみに、弊所の弁理士の氏名でいえば、「山中一郎」は100%登録不可能ですね(一体、何人の同姓同名がいるんだろう?)。一方、「小野尾勝」なら、ビジネスネームを考えなくても、本名で登録できるかもしれません(本人曰く、出願の予定はないそうですが)。
※2024年4月1日より、法改正施行により、「氏名の登録商標」の登録要件が緩和されます。
詳しくは、こちらの記事をご覧ください。
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