ONION商標・弁理士の山中です。

ちょっと前になってしまいますが、音楽ファンとして大変残念なニュースが飛び込んできました。

「STUDIO COAST、来年1月に閉館」
https://natalie.mu/music/news/440541

閉館理由が「定期借地契約の更新がまとまらず、契約満了により」とのことで、これは致し方ないのですが、それでも寂しいですね。仕事で、そしてオーディエンスの1人として、様々なイベントに足を運びましたから。

開館当初の記憶は曖昧で、仕事でお世話になっていた方が同館のプロデュースに関わられていて、「イビサにあるクラブと同等の、サウンドシステムを兼ね備えたハコを、今新木場に作っているんですよ」と聞き、ちょうど自分も仕事でイビサ島に行ってそのクオリティを体験した直後だったので、大変盛り上がった記憶があります。そうか、それは2002年の後半か…Wikipediaにも「2002年12月31日開館」と書いてありますね。

ただ、もうひとつの初期の鮮明な思い出は、当時関わっていたDaft Punkの、松本零士先生による一連のミュージック・ビデオ(”One More Time”とかね)がアルバム全曲分つながった、映像作品『インターステラ5555』の試写会を、同会場で行ったことです(まだ「爆音上映」なんて言葉のなかった時代)。この頃はまだロック系のライヴはほとんど開催されておらず、定例クラブ・イベント「ageHa」と、会場名を混同している方も多かった気がしますが、調べてみたらその試写会は2003年11月25日だったようです。開館から実は1年近く経っていたんですね。

個人的な思い出話はこれぐらいにして、もう一つ弁理士として気になるのは、やっぱり商標の話です。以下のとおり、商標(文字)「STUDIO COAST」は、登録商標です。

登録5017636「STUDIO COAST」
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/TR/JP-2006-058305/B3053CC039F6E316C3A342D83C682232267EE21FC211479634D5473719057030/40/ja

指定役務(※登録商標を使用するサービス)は、第43類「多目的ホールの提供」などが指定されていますね。

さて、商標登録と同時に発生する商標権の存続期間は、登録の日から10年間であるものの、何回でもその更新が可能です(※更新登録料は必要)。一方、もうその登録商標を使用しないということであれば、更新をしなければその登録及び商標権は消滅します。

しかしながら、一定の期間、会場名として多くのオーディエンスに親しまれてきた、その商標には「ブランド価値」が積み重なっていますから、商標権を他者に譲渡(売却)することもあるでしょうし、「またいつか、別のかたちで再開するかも」というその日まで、商標権を保有しつづけるケースもあるでしょう。

ところで、コロナ禍以前は、「ライヴ会場不足」という問題が顕在化していました。音楽アーティストにとってライヴ・ビジネスの重要度が増したことや、音楽以外にも会場を使用するエンタメ・イベントが増加したこと(昔は、YouTuberのイベントや、ゲーム実況のイベントが、多くのオーディエンスを集めるなんて、想像しませんでしたよね?)など、ライヴ会場への「需要増」ももちろんあったわけですが、一方で、施設の老朽化や、今回のSTUDIO COAST同様の土地の使用契約の満了などにより、多くの会場が閉鎖しているという「供給減」の側面もあったわけです。

それでは、我々が慣れ親しんだ、「失われたライヴ会場」の商標権は、いま、どうなっているのでしょう?

そこで、「失われたライヴ会場」の商標権(登録商標)を、いくつか調べてみました。商標権が「存続」しているもの、「消滅」しているものがそれぞれあります。

【商標権消滅】
*「ウェル シティ」(全国の「厚生年金会館」の愛称。2010年3月までに全館閉鎖)
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/TR/JP-2000-102705/D7382FBA21D1C313B9E62A50357E65B843A0DF8FE0E022AE98805FED57A2CEB3/40/ja

【商標権存続(※2021年8月現在)】
*「SHIBUYA AX」(2014年5月閉館)
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/TR/JP-2000-050667/EDF44027B27C0E78851362A9B3E50629BA19B11D689AA2AF1CA351C8E8A993BA/40/ja

*「ゆうぽうと(ホール)」(五反田。2015年9月閉館)
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/TR/JP-2015-097838/CF9D0774B59A824A854A93D1EB65FBA997550AD92139207406E74D073D0D2583/40/ja

*「BLITZ」(赤坂。2020年9月閉館)
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/TR/JP-2004-115977/835288070FA3F6E67326DFEE4246262CA95A0927F4F6E5FD74E160B05D5F06E0/40/ja

懐かしい会場が並びますね。「AX」や「BLITZ」はどちらもテレビ局が商標権者ですが、「多目的ホールの提供」とは別の区分の指定商品/役務の範囲で(も)登録されているので、それらのブランドとしては存続させておく価値があるのかもしれません。赤坂「BLITZ」は、観覧機能付きスタジオとして存続しているということですし、もしかしたら再度の復活の可能性にも備えているのかもしれません。

そうです、一旦消滅してしまった自身の登録商標は、他者がその商標(又はそれと類似する商標)を使いたいと思って出願し、登録されてしまうかもしれません。その場合、時間が経過してからもう一度出願⇒登録を目指したときには、既に他者の登録商標が妨げとなって登録が認められないというリスクがあるわけです。

そこで気になったのが、昨年、まさかの復活を遂げた、あのライヴハウスの登録商標です。

NISSIN POWER STATIONが配信特化・無観客ライブハウス「日清食品 POWER STATION [REBOOT]」として再オープン、こけら落としは西川貴教ら3DAYS
https://nissin-ps.com/live/detail/d8a90c55

日清食品(グループ)による「日清パワーステーション(通称パワステ)」は、憧れの会場でしたね。1988年開館(※高3でした)の「食事もできるおしゃれなライブハウス」に、「大学生になったら、絶対行くぞ!」と思いながら受験勉強をしていたのですが、(浪人を経て)大学生になってからも、結局行かないまま98年に一旦閉館してしまいました。

さて、同社の登録商標を検索してみると、カナ表記、英語表記、ロゴマークなど、パワステがらみの商標登録が多くなされ、現在も権利を保有しているものも多くあるのですが、

ライヴハウス事業に関連しそうな登録商標は、2006年に消滅していました。
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/TR/JP-1992-288762/3D2322928528B9971DF8C50FFD939FD30452D44B98B8CECCBA9B7461C73F4471/40/ja

面白いのは、「多目的ホールの運営」といった指定役務ではなく、「西洋料理を主とする飲食物の提供」という役務を指定しているところです。「Rockin’ Restaurant」の通称があったぐらいですから、やはり、ライブハウスというよりはレストランが主体という認識だったのでしょうか。ちなみに、上記は92年に出願されていますが、日本で役務商標がその年の4月から導入されたためです。

そして、今回の「REBOOT」に併せ、改めて出願された商標「パワーステーション\POWER STATION」の出願を見てみると
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/TR/JP-2020-107623/834EA501B2E4CE8B3F55C0CA994B2310451C26C5ADA3B0491AB646BE2C78A9E9/40/ja

今回の出願でも、やはり「多目的ホールの運営」等の指定役務は指定されていません。なぜかというと、今回の「REBOOT」されたパワステは、観客を入れず、「配信に特化した」音楽ライブハウスというコンセプトだからです。

そこで、今回の出願では、第38類「ウェブキャストによる音声又は映像を送る通信又は放送」といった指定役務が指定されていますが、これらはかつての「パワステ」営業時に出願された商標登録では、指定されたことのなかった範囲です。

また、上記の出願の「経過情報」を見ると、一部の指定商品/役務の範囲に、拒絶理由通知がなされています。これは「重複する範囲で、同一又は類似の商標が、他人によって先に出願/登録されていますよ」という拒絶理由です(商標法4条1項11号)。これらの範囲のうちいくつかは、過去の同社の登録商標を、消滅させることなく維持していれば、他者に「パワーステーション(POWER STATION)」の登録商標を取られることはなかったもののようで、このあたり、「一旦終了した業務に関連する登録商標を、維持するかしないか」の難しさが感じられます。

(なお、上述の出願でも、拒絶理由が通知されていない範囲に減縮する補正をすれば、登録査定となりますし、拒絶理由通知が出ている範囲についても、商標「日清パワーステーション」等では新たに登録済で、「REBOOT」の運営には支障がないものと思われます)。

さて、書き出してみたら意外と長くなってしまった今回のコラムですが、懐かしいライヴ会場のことを調べている際、断片的ではあるものの、すごく当時のシーンを鮮明に覚えていることに気づきました。「〇〇(アーティスト)のライヴで、行った会場だな」「友達の〇〇と、道に迷いながら焦って行った会場だったっけ」とかね。普通、自分が過去に行った場所なんて、そんなに覚えているものじゃないですよね。いかにライヴが人の心に刻まれるものか、その思い出の舞台として、ライヴ会場はアーティストだけではなく、オーディエンスにとっても極めて重要な場だな、と再認識したのでした。

また、今回は取り上げませんでしたが、調べているうちに、明らかにコロナ禍による営業継続の困難から、いつの間にか閉館していた小さいライヴハウスも多く発見しました。その中には、自分が何度も足を運んだことのあるところも含まれていました。音楽/エンタメファンにとっての重要な場が、これ以上なくならないことを強く願うと共に、なかなか収まらない感染状況の中で、自分に何ができるのか、自問自答する日々が続きそうです。

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