ONION商標・弁理士の山中です。
自分も50代を越えてくると、幼少期に影響を受けた作品の著作家、演者の方々の訃報に接する機会は多くならざるを得ないのですが、やはりこの方の訃報はショックでした。
◎「『ドカベン』水島新司さん死去 82歳 10日に都内の病院で」(日刊スポーツ)
https://www.nikkansports.com/general/nikkan/news/202201170000238.html
今でこそ、(ベイスターズの応援をメインとする)大の野球ファンの私ですが、小学校の途中までは野球が大嫌いだったんです(←アニメが野球中継で中止になると、テレビの前でうなだれていました)。そんな自分に、野球のルールから、そしてその面白さまで教えてくれたのは、実際の野球の試合よりも、水島先生の代表作『ドカベン』が先でした。
(秋田書店『ドカベン』第16巻)
父が買ってきた単行本を、何の気なしにめくったところからその世界に引き込まれていったわけですが、父は、私に野球への興味を持たせたかったのか、それとも単に自分が読みたかっただけなのか、真相は定かではありません(※生きているんで聞けばいいんですが、多分覚えてないでしょう)。ただ、野球ファンになっていなければ、自分の人生における楽しみの、4割ぐらいを失っていた気がしますので、その出会いには大変感謝しています。
さて、水島先生への追悼コメントや記事はたくさん出ていますので、弁理士という立場から、『ドカベン』で思い出す知財のエピソードを2つご紹介します。
まず、これも結構昔になりますが、テレビ番組で「ドカベン4コマ」というのをやっていたのを覚えていらっしゃる方はいますでしょうか…
2003年~06年、TBS系列で放送されていた「爆笑問題のバク天!」の中で、太田光さんが、『ドカベン』のさまざまなエピソードから4つのコマを抜き出して再構築、起承転結のある4コマ漫画にしてしまうというコーナーがありました(動画リンクを貼るようなことはしませんが、検索すれば今でも見ることができると思います)。
元々の『ドカベン』を読んでいた自分も、毎回爆笑してしまう出来だったのですが、このような行為は、形式的には、著作権法で規定された『著作者人格権』のひとつ、同一性保持権に触れる可能性があります。
(過去の裁判例でも、漫画を引用した文章が、引用自体は合法だったものの、引用時にコマ割りを変えたことが、同一性保持権侵害にあたると判じた例があります)。
しかし、著作者に根付く(、誰にも譲渡できない)著作者人格権ですから、著作者本人が許諾されていれば全く問題ありません。実際、『ドカベン』の著作者である水島先生は、太田光さんのこの行為を認めていたであろうことは、こちらの記事からも推測できます。
◎【水島新司さん死去】太田光「あなたは芸能界の岩鬼です。何もかもに感謝」(日刊スポーツ)
https://www.nikkansports.com/entertainment/news/202201170000644.html
『ドカベン』の中でも、人気の破天荒キャラ・岩鬼になぞらえて、太田さんの才能や活動を讃えていた水島先生ですからね。懐の深い先生は、自身が全く意図しないような改変をされても、大笑いし、そのセンスに関心していたのかもしれませんね。
もう一つ、『ドカベン』他、水島先生の野球マンガと知財のエピソードとしては、「肖像権/パブリシティ権」関連のものがあります。
『ドカベン』、特にその「プロ野球編」以降は、オリジナル・キャラクターが、実在するプロ野球選手たちとの戦う点が、大きな魅力となっていました。一方、そこでは、途中から外国人選手がほとんど登場しなくなってしまいました。この理由は定かではなく、水島先生が日本に来る外国人選手に魅力を感じていない趣旨の発言をされたこともあるようですが、もう一つ「外国人選手との肖像権・パブリシティ権」の問題も推測されています。
肖像権とパブリシティ権は混同されがちですが、プロ野球選手のように有名で、その肖像に「顧客吸引力」(人をひきつける力、振り向かせる力、とでもいえばいいでしょうか)がある場合は、その経済的価値を保護する権利として、「パブリシティ権」が認められています。だって、人を振り向かせる力のある肖像の持ち主であれば、その肖像自体を商品にしたポスターや選手カードにも価値がありますし、「広告に出てください」というオファーもあるでしょう。つまり、肖像で稼げる=経済的価値がある、ということになりますからね。つまり、この権利について許諾を得ないと、その肖像を(ゲームやマンガなどで)描くことはできないのです。
日本(NPB)では、日本人のプロ野球選手の肖像権・パブリシティ権は、選手が所属(契約)している球団が管理することになっています。一方、来日する外国人選手の肖像権・パブリシティ権については、個別の契約で細かく定められているのではないでしょうか。これは、アメリカのメジャー・リーグ(MLB)では、選手の肖像権等は選手個人が保有することになっているため、そうした考え方を持つ(来日する)外国人選手についても、球団が製造・販売するグッズなどには許諾する契約はするとしても、それ以外の包括的な肖像権・パブリシティ権の利用権限を、日本の球団に委ねるような契約はしないと思えるからです。
しかし、日本のプロ野球チームにとって、日本人選手の肖像権・パブリシティ権の利用について、水島先生に対して(有償か無償かはわかりませんが)許諾しないという選択肢はあり得なかったでしょう。何より、多くの選手たちが、『ドカベン』に描かれること自体に栄誉を感じていたはずですし、
◎「松坂大輔氏 『ドカベン』登場で水島新司さんに感謝 漫画で『勉強させてもらったことも』」(スポニチアネックス)
https://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2022/01/18/kiji/20220118s00001173001000c.html
特に、水島先生が愛していた(南海→ダイエー→ソフトバンク)ホークスを中心とするパ・リーグ球団にとっては、セ・リーグに比して人気で遅れをとっていた時代も、パ・リーグの選手たちを描き、魅力を伝え続けた先生に、多大なる感謝を抱いているはずだからです。
◎「【水島新司さん死去】ソフトバンク王貞治会長が感謝『ホークスの恩人です』」(日刊スポーツ)
https://www.nikkansports.com/baseball/news/202201170000875.html
奇想天外と言われたストーリーも、野球の規則に即したものであり、作品で描かれたようなシーンが、実際の野球の試合で起こることもありました。また、近年は、大谷翔平選手が、水島先生のキャラクターを超えるような、それまでの常識を超えるような活躍を、日本、そしてMLBでも見せてくれています。水島先生の新しい作品がもう読めないのは本当に残念ですが、天国から、これからも野球の発展を見守り続けてくれることでしょう。あらためて、ご冥福をお祈りいたします。
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