今から約3年前、弊所では以下の記事を執筆しました:
2021.4.28【本当はコワイ商標の話】氏名だってブランドになるのに?その商標登録が難しくなっている件
https://onion-tmip.net/update/?p=559
この記事の冒頭では、「氏名の商標」について、基本原則を始めるところから書かれています。思い切り要約すると、
・「氏名」も商標になる(人の名前が冠された「ファッションブランド」や、歌手のマーチャンダイジングなどを思い浮かべてください)し、自分の氏名は登録商標の対象になる。
・ただし、氏名の商標登録には、「早い者勝ち」など通常の登録要件に加え、
「『他人の氏名』等を含む商標については、本人の承諾を得た場合を除いて、商標登録できない」という要件がある(商標法4条1項8号の拒絶理由)。
・従って、自分の氏名と同姓同名の人が、世の中に大勢存在する場合など、(「全員」から承諾を得るのが事実上、無理ゲーな場合は)事実上、商標登録は不可能。
・しかし近年、著名になった「(自分の)氏名」の商標の出願であっても、同じ氏名の人が一人でも存在すれば、拒絶されるというケースが目立っていた(同法4条1項8号の厳格すぎる運用)
という内容でした。
しかし、ここで結論を先に!
法改正により、2024年(令和6年)4月1日以降出願される「氏名の商標」に対しては、
「(たとえ同姓同名の他人が存在する場合でも)それら「他人」の中に”知名度”がある人がいなければ、一定の要件を満たす代わりに、その他人の承諾は不要で商標登録できる」
ように、要件緩和されるのです。
これから「自分の氏名をブランドに使いたい」「もう使ってるんだけど、商標登録したい」という人はもちろん、過去に自分の「氏名」を出願して登録できなかった方の再トライも可能ですから、該当する方は、4月以降の出願に向け、すぐにご相談いただきたいのですが、
ではなぜ、このような法改正になったのでしょう?
他人の承諾が不要なら、早い者勝ちで、誰でも商標登録できてしまうのでしょうか?
まず、なぜ今回のような法改正が起きたかというと、やはり同法4条1項8号の運用が、厳格すぎることに対し、ファッション業界を中心に、要件緩和の要望が続いていたのです。
同業界では、創業者やデザイナー等の氏名をブランド名に用いることが多いですよね。
商標権の意義の一つは、「商標に積み重なるブランド力の保護」であることを考えれば、
(全く無名のデザイナー等ならまだしも、)周知・著名になったデザイナー等の氏名のブランド=商標ですら、商標権で保護されないのは、問題が大きいと言わざるを得ませんでした。
そこで、(出願人から見て)他人の氏名を含む商標の、登録要件を緩和したのが、下記の改正された条文です(赤字が、改正された部分):
八 他人の肖像若しくは他人の氏名(商標の使用をする商品又は役務の分野において需要者の間に広く認識されている氏名に限る。)若しくは名称若しくは著名な雅号、芸名若しくは筆名若しくはこれらの著名な略称を含む商標(その他人の承諾を得ているものを除く。)又は他人の氏名を含む商標であつて、政令で定める要件に該当しないもの
ところで、この同法4条1項8号という拒絶理由がなぜ規定されているのかといえば、
「他人(※氏名を登録商標したい人から見ての、他人)の人格的利益の保護」ですから、登録要件を緩和するのと同時に、氏名が今までよりも商標登録されることによって起きうる、”本質的な”弊害や不利益は、他人が受けないように担保しなければなりません。
そこで、今回の改正では、逆に「新たな2つの要件」を課しています。
①「他人の氏名」に一定の知名度の要件を課した(→最初のかっこ書のところです)
←(出願人から見て)他人の氏名の知名度が高ければ、特定の商品等と結び付けられることで、弊害や不利益が大きくなる=人格的利益が保護できなくなる確率が高いからです。
ここが、「知名度のない(商標と同姓同名の)他人」がいたとしても、その承諾は不要で、登録されうることを意味しています。
なお、「知名度(周知かどうか)」の判断については、「商標の使用をする商品等の分野において、需要者の間に広く認識されている」かどうかが、判断基準になります。
一方、もう一つの要件:
②「出願人側の事情(例えば、出願することに正当な理由があるか等)」を考慮する要件を課した(→最後の「又は〜」以降の部分です)
←一定の知名度のない氏名の者でも、人格的利益が侵害されるおそれがあることはあるので、それに配慮して、「無関係な者による悪意の出願」等の濫用的な出願を防止する必要があるためです。
そのために、条文にあった「政令」として、以下が定められました。
<商標法施行令>
第一条 商標法第四条第一項第八号の政令で定める要件は、次の各号のいずれにも該当することとする。
一 商標に含まれる他人の氏名と商標登録出願人との間に相当の関連性があること。
二 商標登録出願人が不正の目的で商標登録を受けようとするものでないこと。
もし、「全く自分とは関係ない、他人の氏名を、剽窃的に出願したもの」とか、「自分の氏名を商標登録して、あとで誰かに買いとらせるような『不正の目的』で出願したもの」であれば、上記一、二号のどちらかに該当しないことになりますから、商標法4条1項8号で拒絶できることになるのです。
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と、ここまでいろいろと書いてきましたが、特許庁でも今回の法改正については、まとめてくれています
「他人の氏名を含む商標の登録要件が緩和されます」(令和6年1月5日 特許庁商標課)
https://www.jpo.go.jp/system/trademark/gaiyo/seidogaiyo/shimei.html
(←「こっちのほうがわかりやすいよ!(特に「審査の流れ」の図)」と言われるかも。ごめんなさい…でも、本稿と併せて読んでいただいたら、より理解が深まるかも…ということで)。
その他、同法4条1項8号特有の注意点として、
*アーティストやデザイナー等の「氏名」の商標を、本人ではない「所属会社/マネージメント」などが出願したら..政令要件、つまりその氏名の人と「相当の関連性があり」「不正の目的ではない」ことを証明するため、その氏名の本人からの「承諾書」は、やはり必要です。
*元々、この条文で規定では、他人の「著名な」芸名等の商標、それらを含む商標は、その他人(=著名な芸名で知られている人)の承諾がないと登録が認められませんが、
「新たに創作された芸名(=出願人の名称とは異なりますよね、たとえ本人が出願したとしても)」の場合も、審査段階で獲得されている「著名性」に応じて、政令要件は課されることもありますので、その場合は改正前より登録がやや複雑になる可能性があります。
ONION商標にご相談いただいた場合は、改正法の運用につきましてもしっかりと特許庁への確認をしつつ、お客様に納得のいくご説明をしながら進めて参りますので、ご安心ください。