毎年年末の投稿では、その年を振り返りつつ、商標登録のそもそもの意味・意義を考えるような記事を投稿している気がするので、今年もそんな感じで行ってみます。
(2022年12月)
【本当はコワイ商標の話】年末だから考えるーそれ、商標登録する必要ある?
https://onion-tmip.net/update/?p=815
(2023年12月)
【本当はコワイ商標の話】年末にあらためて考えるーその商標、誰が、いつ登録すべき?
https://onion-tmip.net/update/?p=1113
商標関連で今年起きた出来事の中で、最も印象深かったものといえば、個人的にはこちらです。
◎日本酒「雨降」を手掛ける吉川醸造 商標「AFURI」めぐり提訴される(ライブドアニュース)
https://news.livedoor.com/topics/detail/24857607/
すごくざっくりいえば、
神奈川県伊勢原市の老舗の酒造メーカーと、
やはり神奈川県をルーツとする人気のラーメン店を運営する企業が、
称呼(読みですね)「アフリ」から成る商標権について、争っている
という事案です。
知財紛争/係争は、表沙汰にならないことも多いのですが、今回なぜ一般にも知られることになったかというと、今年の8月、酒造メーカー「吉川醸造」社が、ラーメン店経営の「AFURI」社から「商標権侵害で訴えられている」旨を公表したことがきっかけでした。
https://kikkawa-jozo.com/blogs/news/sosho1
(こちらによれば、訴訟提起前に、両社は双方弁護士を交えた協議を重ねたものの、不調に終わったんだそうです)。
その数日後、AFURI社が、(訴訟の事実は認めながらも)反論を公表します。
◎日本酒「AFURI」めぐる商標権問題 提訴のラーメン店側が反論(ORICON)
https://www.oricon.co.jp/news/2292360/full/
そしてこの争い、実は、こちらはまだ解決していないんですね。なので、取り上げるかどうかは迷ったのですが、当然、弊所/当職両社のどちらとも業務上の関係がないですし(※)、
※神奈川県出身ですから、「アフリ」と聞けば、なんとなくこちらの神社の名前を想起しましたし、
https://www.afuri.or.jp/
ラーメン「AFURI」は何回か食べたことがあり、美味しいと思いました。
弁理士として「どちらが正しい」と私見を述べるつもりもありません。むしろ、今回の事案から、当職があらためて意識したのは、以下の3点なんです。
①やはり、商標権・登録商標の原則を守ることが、とても大切であること。
②「知的財産権の法律」的に正しいことだけでなく、「お客様の事業にとって、最終的にプラスとなるご判断をいただく」という視点も重要であること、
そして、
③商標権・登録商標の原則への理解を、お客様だけでなく、一般の皆様にも伝えることをあきらめてはいけないこと。
では、うまくまとまるかどうかわかりませんが、さっそく書き始めてみます。
★1. ざっくりとした経緯
登場人物は、ラーメン店経営の「AFURI」社と、酒造メーカー「吉川醸造」社ですが、商標登録軸で見ていくと、
・「AFURI」社は、2010年に店名を含むロゴマークを商標登録しました。こちらです。
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/TR/JP-2010-022280/19912BB860219EC41755C4E510090DADBFA9C497C42E32A54A448F47C4D3601B/40/ja
指定した区分(指定役務)は、第43類「飲食物の提供」等です。ラーメン店のように、店内で食事を提供するサービスであれば、この役務になりますからね。
・その後、商品名(ラーメンのメニューでしょうか)などを、どんどん商標登録し始めます。また、称呼「アフリ」を含む商標を、ラーメン関連以外の商品等の範囲でも登録し始めます。たとえば、これです:
登録6245408 「AFURI」(2019年出願→翌年登録)
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/TR/JP-2019-058625/D3EF77B33476933352BE8CC0B76008D472532C855FCE6D3B8B06F9A01CFB590D/40/ja
第33類の指定商品「清酒」「洋酒」等も指定されました。
なお、日本も含むほとんどの国で、「まだ使用していない商品等」の範囲でも、商標権を取得することは認められます。逆に、一定期間使用していなければ、取り消される制度もあります(※後述)。
すると、この2年後に、吉川醸造社の下記の商標が出願→登録されました。
登録6409633 「§雨降」(※筆書きのような書体で、デザインされたロゴタイプです)
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/TR/JP-2021-009325/D76232492C96035EF878C24CEAD31862F0ECC378439051C053D991F9B7ADCB1C/40/ja
指定範囲は、当然、第33類「清酒」等です。日本酒のブランドですもんね。実際、ボトルのラベルに使用されるのが思い浮かべられるような、筆書きの書体のロゴタイプです。
さて、「商標登録は早い者勝ち」ですが、正確にいえば、
商品等が重複する範囲(※各指定商品等に付されている「類似群コード」が共通すると、原則重複)で、類似する商標が後から別の人に出願されても、原則、登録は認められません。
似通った商標が、異なる人のブランドとして併存していたら、それぞれの商標のブランド力も保護できませんし、消費者(需要者)もこんがらがっちゃいますからね。
しかし、重複する範囲(「清酒」等)で、(ラーメンの)AFURI社の「AFURI」も、吉川醸造の「雨降(筆書きロゴ)」も、違いに「非類似」と判断され、どちらも登録が認められたわけです。それぞれが、それぞれの登録商標を安心して使える状況になったのに、なぜ争いが起きたのでしょうか?
★2. 商標権をめぐる争いと、そこから学べること。
吉川醸造社側は、自社の清酒に、登録商標「雨降(筆書きロゴ)」以外に、文字「AFURI」も付しているというのです。
確かに、こちらのプレスリリースにある商品の写真を見ると、登録商標(筆文字のロゴ)に、ローマ字「AFURI」が添えられていますね。
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000006.000046799.html
そうなりますと、文字「AFURI」については、「清酒」の範囲では(ラーメンの)AFURI社が商標登録=商標権を所有していますから、形式的に商標権侵害を構成します。
ここで、やっと「商標権・登録商標の原則」という話にやっとなります。まず、
登録商標は、そのまま使用するのが大原則
です。その点、吉川醸造社側の使用は、登録商標通りになっていませんよね。
もちろん、「ちょっと違うけど、実質的には同一だよね」というケースはあります。これを商標法では「社会通念上同一」と呼んでいますが、一番わかりやすい例でいえば、「横書き」の登録商標を、看板等のレイアウトの関係で「縦書き」で使用するケースなどです。
しかし、違う文字を組み込んでしまうというのは、社会通念上の同一とはいえないです。
(また、こちらの商品のパッケージでは、文字「AFURI」だけが独立して表示もされているようで、これは明らかに、登録商標とは異なる文字を使用しているといえます)。
ここで質問があるかもしれません。
「商標権って、登録商標と『類似』の範囲まで及ぶんじゃないの?だとしたら、『雨降』が登録できたら、その類似の『AFURI』も使えるんじゃないの?」
と。こちらの誤解も解いておきましょう。
登録商標と類似する商標を、『他人が無断で使用』していたら、『禁止』はできますが、
類似の範囲まで独占的に使用できるわけではありません。
これは、「登録商標に寄せた(似せた)商標の無断使用を止められなければ、登録商標のブランド力が毀損されてしまう」ことから定められた、「禁止権」と呼ばれるものなのですが(商標法37条1号)、あくまで独占的に使用できるのは、登録商標(と、その社会通念上同一の商標)だけなのです。
また、「商標の類否」も難しい観点です。商標が類似か否かは、外観(見た目)、称呼(読み)及び観念(意味)のそれぞれの判断要素を総合的に考察されます。中でも、称呼が共通すると、商標が類似と判断される可能性は高くなるのですが、
登録商標から生ずる称呼を、必ずしも商標権者が自由に決められるわけではありません。
吉川醸造社の「雨降」のプレスリリースによれば、「丹沢大山の古名「あめふり(あふり)山」と、酒造の神を祀る近隣の大山阿夫利神社(以下「阿夫利神社」といいます)にちなんで命名したもの」だそうです。この由来を疑う気は全くありませんし、そもそも商品名(漢字)を、どう読ませるかは発売元の自由でいいのですが、
まだ使用実績が少ない商標が出願されたら、審査官は、その文字から自然に生ずる称呼(正確にいうと、「商標に接する需要者が、取引上自然に認識する音」)で、比較します。「雨降(筆書きロゴ)」の審査を担当した特許庁審査官は、この商標から称呼「アフリ」が生ずるとは判断しなかったのでしょう。もし、「アフリ」が生ずると判断したら、先願先登録だったAFURI社の「AFURI」と類似であるとして、拒絶(商標法4条1項11号)していた可能性が高いです。
つまり、ここからも、やはり商標の大原則の大切さを思い知らされます。
商標登録は早い者勝ち。使用したければ、1日も早く出願すべき。
という点です。ただ、今回、この経緯を洗うまでは、「吉川醸造社は老舗中の老舗(HPによれば、創業は大正元年だそうです)なのだから、清酒『雨降(AFURI)』も、最も前に出願しておけばよかったのに」と思っていたのですが、
前述のプレスリリースによれば、「老舗日本酒蔵の新たなブランド『雨降(AFURI)』」とあり、発売開始が2021年ですから、このブランドを「清酒」等の範囲で、(ラーメンの)AFURI社の登録(出願は2019年)より先に出願することは、不可能だったことになります。
★3. 使いたい商標が、他者に先に登録されていたら、どうすればいいのか。
商標登録をする前には、その登録可能性について詳細調査をすることが一般的です。そこで、類似が懸念される先願(先登録)商標が、重複する商品等の範囲で発見されたら、どうすればいいのでしょうか。
もちろん、使用開始前であれば、「商標(ネーミング)の変更」が最善策です。また、商標に精通した弁理士や弁護士が、調査の上で「特許庁の審査官は『類似』として拒絶する可能性はあるけれども、反論によって拒絶理由を解消→登録の余地がある」という見解のときは、そのリスクを十分承知した上で、出願することもあるでしょう。
しかし、弁理士等も「これは、先願と明らかに類似なので、登録可能性がありません」という見解であるにもかかわらず、さまざまな理由から、その商標を変更できない場合、方策はあるのでしょうか。
1)先願権利者から、商標権を譲渡してもらう
2)先願権利者から、商標権の使用を許諾してもらう(ライセンス、ですね。先願の登録商標そのものではなく、それと類似する商標の使用であれば、「禁止権の行使をしない」という特約)
が考えられます。しかし、いずれも、交渉ベースの話ですし、許諾してもらえるにしても、無償とは限りません。
また、もう一つの方策が、
3)先登録商標を、審判により消滅させる
というものがあります。審判もいくつか種類がありますが、多く請求されるのが「不使用取消審判」(商標法50条)です。冒頭で、商標は「これから使用する予定の商品等の範囲でも、登録が認められる」と述べましたが、逆に3年以上継続して、一度も使用していない商品等の範囲では、誰でもこの取消審判が請求することができます
(※使用しているつもりでも、「登録商標を使用していない」と判断されるリスクがあることからも、「登録商標はそのまま使用する」という原則が大切なのですが)。
今回の事案では、訴訟が提起される前に、使用許諾の交渉もあったようですが、ライセンス契約には至らなかったようです。また、(ラーメンの)AFURI社の登録商標に対して「不使用取消審判」は請求できない状況にあり、また双方が新たに関連する商標を出願していたり、互いの登録商標に対して「無効審判」(※本来、拒絶されるべき商標が登録された、として無効を請求するもの)が請求されていたりと、複雑な状況があり、それら全ての結論(査定・審決)が出ているわけではありません。
しかしながら、本稿で述べたいポイントは、むしろこちらの原則なんです。
『審判や交渉を経なければ、商標登録できない商標』を使用するということは、とてもリスクがある行為である。
ということです。
結論が出るまで時間(と費用)がかかることもそうですけれども、先願権利者が「NO」である限り、この方策は成功しない、というのが最大のリスクです。
(※なお、2024年4月以降の出願には、「類似する先願商標が発見されても、混同までは生じないと審査官が判断した場合、『先願権利者が同意(Consent)』すれば、後願も商標登録が認められる」という、いわゆる「コンセント制度」がスタートする予定ですが、これも先願権利者の同意次第、という点では同じです。この制度はまたあらためて)。
★4. 商標権/商標法的に正しい主張さえしていれば、事業にプラスになるのか。
さて、★3.までで追った経緯をふまえると、権利・法律的には、吉川醸造社のほうが不利な立場にあるようにも感じられます。しかし、両者がこの係争について公表した(※本稿冒頭参照)あとの、世間一般のリアクションはどうだったかというと…むしろ、吉川醸造社に共感する声、逆にいえばAFURI社に逆風の声も多かったようです。
この点については、複数の論考がなされていますが、いずれもとても参考になるものです。
◎なぜ「AFURI」は炎上したのか 商標権めぐる主張で重ねた「悪手」(本田雅一氏,ITmedia)
https://www.itmedia.co.jp/business/articles/2308/29/news087.html
◎法的に間違ったことは一切していないが…人気ラーメン店「AFURI」が炎上してしまった根本原因(下矢一良氏、PRESIDENT Online ※途中より有償記事)
https://president.jp/articles/-/73439?page=1
当職も、現在は弁理士をメインの活動としていますが、かつてはレコード会社で、多くのアーティストを担当し、(企業の一般的な広報業務とはちょっと異なりますが)多くのアーティスト資料、PR資料を作成しながら、マーケティング/プロモーションを行ってきました。その手法はアーティストや作品ごとにさまざまなのは当たり前ですが、それでも
いかに、そのアーティスト/作品を、好きになってもらうか/シンパシィを感じてもらうか
は通底するテーマだったと思います。
商標権の紛争に弁理士として関わる場合、その当事者、特に「自社の商標権を侵害されている!」と感じられているクライアントをサポートする場合、「権利や法律に基づいて、いかに請求・主張ができるか」という観点でアドバイスしがちですが、
そのクライアントが「BtoC」ビジネスである場合は特に、
その行為が、クライアントの顧客となりうる世間一般から、シンパシイを感じてもらえるのか?
という観点も持ち合わせてアドバイスをしないと、クライアントにプラスにはならないかもしれないな、というのはあらためて肝に命じた点です。
たとえば、「他者の商標権侵害を見逃す」というアドバイスは、登録商標のブランド力維持の観点からしかねますが、クライアントがたとえ交渉上優位な立場にいるとしても、(自社のブランドとの混同が生じないようにすみわけながら)逆にライセンスを提案していく、という姿勢が、世間からのシンパシィ込みで、最良の方策となることもあるかもしれません。
★5. あらためて、弁理士として思いを新たにした点とは?
弊所は、知的財産権、中でも特に商標権を中心に扱う弁理士事務所です。商標権を取得し、正しく使用する権利者が、最もメリットを得られる世界を目指さなければなりません。。
本件の「世間一般の共感」が、権利や法律の正しい理解に基づくものであれば、どちらの当事者に対して向けられても、それは個々人の考え方です(し、純粋に広報戦略の巧拙の結果かもしれません)。しかし、もしそこに世間の誤解があるのであれば、フェアーな状況とはいえないのではないでしょうか。
もう一度、本件固有の内容に戻りますと、こういう意見があるようです。
『アフリ(称呼)』のような、地名や、地域の歴史・文化に根差す文字・名称は、誰にも商標登録は認められるべきではないのではないか?
特許庁の審査官、審判官、そして訴訟になったときの裁判官でも、拠り所にするのは法律(商標法)ですよね。そして、この点、商標法では「早い者勝ち」の観点以外にも、商標登録を受けられない商標が、同法3条・4条には多く規定されています。
その点、まず「地名」の商標登録を認めるべきということはなく、あくまで、”目印”となる力=識別力がある商標かどうかが、商標登録の最初の関門です(同法3条)。たとえば、その地名が、「産地・販売地」を示すとと消費者にみなされるであろう場合は、識別力がないので、誰にも登録が認められません(※記述的商標)。
これは、かつての旧地名(たとえば、「琉球」とかね)でも、識別力が認められないケースはありますが、そこまで有名な地名ではなかったり、逆に全国のいろいろなところにある地名、地名以外にもよくある名称だったりすると、必ずしも「産地・販売地」などとは認識されないので、識別力があるとして、早い者勝ちで出願した人に、登録が認められることになります。
※今回のケースでも、「アフリ」と聞いても、神奈川県民以外だとあまり地域を想起できないでしょうし、県民でもイメージするのは「阿夫利」の文字ではないでしょうか(「雨降」や「AFURI」ではない)。そもそも、商標「阿夫利」ですら、かつて(別の食べ物の範囲で)他者に登録が認められていました。
また、4条1項7条として、「公序良俗違反(の商標の登録は認めない)」規定はありますが、(その審査基準・便覧では、「周知・著名な歴史上の人物名」「周知・著名な家紋」などは、誰にも登録を認めないと定めてるものの)、歴史・文化に根差す文字・名称が、全て同号の対象になるとは定めていないのです(ですので、歴史的な「祭り」の名称なども、識別力があれば、登録が認められています)。
もちろん、現状の法律が全て正しいわけではないでしょうし、特許庁審査官や裁判官の判断が常に正しいとは言えないでしょう。しかし、商標法(※時代や世界と調和しなければ、適宜改正されてきました)の存在と、それに基づく審査官や裁判官の判断と、認めれた反論の機会に従うというルールのもと、日本のブランドの秩序は保たれてきたのです。
確かに、商標法は難しい(それを学んだはずの弁理士でも、苦手な人もいます)。でも、商標権は、世間一般の人にも、最も身近な権利でもあります。そのためには、弊所が「商標専門の弁理士」を標ぼうする以上、
クライアントに商標権・商標法について説明するだけでなく、少しずつでもその概論・本質を、世間一般に正しく広めていく努力を、(微力中の微力だという自覚はありますが、それでも)あきらめてはいけない
な、とあらためて肝に銘じた次第です。
最後に、あらためて、商標法の第一条=「法目的」を記して、長くなり過ぎた本稿を締めたいと思います: